第五話 九歴 睦月

048 ガイド見学

「じゃあ、お礼の代わりってことで」
「ありがとうございます。うちとしてもありがたいです」
「うち……ね、できれば、あなたにはうちの会社に来てきてもらいたかったわ」
「ははは」
「ごまかされちゃったか、私は本気よ。妹たちも同じ気持ちでしょうね」
「睦月さんの会社の様に大所帯というのはちょっと性に合わないかもしれませんね、僕は」
「そっか。まぁ良いわ。じゃあ、来週の頭ってことでよろしく」
「よろしくお願いします」
 Xくんは睦月に頭を下げる。
 先日、古暮 稲穂と白瀬 あさきという優秀なクエスト・ガイドを雇うにあたり、口添えしてくれたXくんに睦月はガイド見学を持ちかけてくれたのだ。
 ガイド見学とは他のクエスト・ガイドオフィスの冒険案内に同行してその会社のクエスト・ガイドオフィスとしてのサービスを見せてくれるという大変ありがたい事である。
 現在、闇クエスト・ガイドオフィス等を別として正規のクエスト・ガイドオフィスは12企業と卯月達姉妹6名のクエスト・ガイドオフィスがシェア(市場占有率/しじょうせんゆうりつ)8割以上を占めている。
 残る2割弱が小さなクエスト・ガイドオフィスがサービスを行っている事になっている。
 卯月や如月の会社も小さなクエスト・ガイドオフィスではあるが、認知度で言ったら、12企業や他の姉妹の会社と同列と見て良い。
 卯月や如月の会社くらいの規模の社員数で細々とやっているクエスト・ガイドオフィスのために、大手クエスト・ガイドオフィスがそのノウハウを教えるという形で行われるのがガイド見学だ。
 認知度から言ったら、卯月の会社もある程度、有名なので、本来、ガイド見学の話は来ないのだが、睦月が特別に認めてくれたのだ。
 これで、睦月の会社のサービスの一部を見学する事が出来るのだ。
 と言っても、大人数でゾロゾロ行く訳には行かないので、上限3人までの人選が必要になる。
 Xくんがまず考えたのは社長である卯月とXくん、後は美海だ。
 この三人が妥当であると言える。
 ただ、ガイド見学は勉強になるので、元々、スキルの高いXくんと美海は遠慮するべきかな?とも思っているが、卯月や他のクエスト・ガイドを見学にやったと過程して果たして見るべき所を見てきてくれるかどうかという不安もある。
 なので、卯月以外は話し合いで決める事にした。
 結局、Xくんの思惑を外れ、平等にくじ引きで三人選ぶ事になり、卯月以外は美海と龍花の三人が行くことになった。
 だが、Xくんからしてみれば、寡黙な龍花は他のクエスト・ガイドのサービスを見る事で勉強になるだろうし、美海が居ればおさえるべき所はちゃんとおさえて来るだろう。
 まずまずの人選だと思った。
 一応、卯月が社長だが、美海にリードしてもらおうと考えていた。
 Xくんは三人の名前で、書類を申請した。
 二日後、ガイド案内の書類が送られて来た。
 書類には、今回のガイド見学で担当するクエスト・ガイドなどの詳しい情報が書かれている。
 今回、ガイド見学でお世話になるクエスト・ガイドは残念ながら、稲穂やあさきではない。
 実力の程を見ておきたかったが、二人は新人の立場なので、ガイド見学で見せられるようなサービスは出来ない。
 なので、ベテランのクエスト・ガイドがそれにあたることになる。
 卯月達についてくれるのは睦月の会社での最強の11人、伝説11(レジェンド イレブン)の候補にもあがった事のある音無 和歌(おとなし わか)と元ハーフアイドルの三村 レイチェル(みむら れいちぇる)だ。
 睦月の会社の様に大人数を抱えているクエスト・ガイドオフィスでは冒険案内に一人のクエスト・ガイドをあてるという事は少ない。
 二人以上のクエスト・ガイドが担当するという事により、より質の高いサービスを提供できるという形になっている。
 【卯月クエスト・ガイドオフィス】の様に少人数でやっている会社はどうしても、クエスト・ガイド一人で冒険案内を担当するという事が多い。
 だが、時には二人以上で冒険案内が必要な案件というものある。
 例えば、冒険者が二手などに別れて行動する場合などには双方にクエスト・ガイドをつけなくてはならないからだ。
 つまり、クエスト・ガイドが二人以上いるかいないかで、冒険に対するサービスの内容の幅も違ってくるのだ。
 まず、見てこなくてはならないのはこの二人以上のクエスト・ガイドのサービスの仕方だ。
 三人の中で、それを理解しているのは美海くらいのものだろう。
 他の二人にもしっかりと説明しなくてはと思うXくんだった。
 それにしても、和歌や、伝説11にしても、稲穂やあさきにしても、層の厚い会社だなと彼は思った。

049 冒険案内

 卯月たち三人のクエスト・ガイドは翌週、睦月の会社、【睦月グランドパーティー】を訪れた。
 卯月の会社とは建物からして規模が違っていた。
 やはり、儲かっている会社は違うなと思わずにはいられなかった。
「何をしているの、卯月、私達はこっちよ」
 美海が入り口が違うと指摘した。
 これでは、どっちがリーダーかわからない。
「あ、はい、そっちか、ごめーん」
「しっかりして、代表者でしょ、あなた」
「わかってるって」
「ホントに?」
「ホントだって」
「まぁ、良いわ、行きましょ」
「あ、待って」

 応接室で待機する卯月達だったが、卯月だけは何だか落ち着かない。
 傍目には彼女が先輩に連れてこられた落ち着かない新人の様に見える。
 すると、
「相変わらず、わたわたしてるわね、あなた」
 との声が。
「あ、睦月姉、今日はよろしく」
「よろしくじゃないわよ。姉妹の中で一番あなたが落ち着きないわよ」
「むぅ、気にしていることを」
「まぁ、良いわ。そちらのお二人が今回の同行者さんね、弓酒 美海さんと宮崎 龍花さんね。美海さんは彼の弟子だそうで」
「えぇ、そうです。さすが、長女ですね。妹さんとはひと味もふた味も違うようです」
「む、美海さん、今、私の事バカにした?ねぇバカにした?」
「心配しなくてもあなたはおバカよ。姉として恥ずかしいから少し、黙ってなさい」
「む、睦月姉もバカにした」
「恥ずかしい……」
「お察しします」
 どうやら、睦月と美海は同じタイプであると言える。
 優等生タイプといったところだ。
 睦月は簡単に社内を案内した。
 さすが、大手というだけあって、事務スタッフの数もかなり多かった。
 それに、事務スタッフとは別に、通信オペレーターが30名在籍している事も卯月達は驚いた。
 開拓冒険に出たり、冒険案内をするクエスト・ガイド達は常に、通信機を持って冒険に出ていて、オペレーターと密に連絡を取り合っている。
 通信オペレーターはクエスト・ガイドから送られてきた情報を元に、それを事務スタッフに伝え、事務スタッフは必要な情報を調べ、それをオペレーターを通して、クエスト・ガイドに正確に指示を出す。
 この連携により、クエスト・ガイドはより安全に行動が取れるし、不足の事態が起こっても迅速に対応が取れるというものだ。
 クエスト・ガイドの危機に近くのクエスト・ガイドが応援に行く事も可能だろう。
 皐月の会社と比べてもシステムがしっかりしていると言えるだろう。
 他にも、【卯月クエスト・ガイドオフィス】には無いサービスは色々見て取れた。
 写真などでの撮影は禁止なので、卯月達三人はメモを取りながらついてまわった。
 あらかじめXくんの指示があったからメモ帳を持ってきていたが、龍花あたりはデジカメなどを持ってきて撮影するつもりだっただろうし、卯月にいたってはそれさえも持ってきているかどうか怪しいところだった。
 しばらく、睦月の案内で社内を回った後、さっきの応接室とは別の応接室に通された。
 そこには今回お世話になる音無 和歌と三村 レイチェルが待っていた。
「初めまして。音無 和歌です」
「三村 レイチェルです」
 二人が挨拶をしてきた。
 ポカンと見ていた、卯月を美海が小突く。
「何しているの、あなたから挨拶なさい」
「あ、そうか、えーと、九歴 卯月です。【卯月クエスト・ガイドオフィス】で社長をしています」
「弓酒 美海です」
「宮崎 龍花です」
 和歌とレイチェルの感想は美海の方が社長になった方が上手く回るのでは?、この人、本当に社長(睦月)の妹さん?だったが、そんなことはおくびにも出さずににこやかに対応した。
 和歌の口から今回のガイド見学について語られた。
 クエスト・ガイドの見学とは言え、実際に客を取って、案内するため、卯月達にもサービスの内容を伝えておく必要があるためだ。
 案内中に驚かれても困るという事だ。

050 ガイド見学のプラン

 今回、卯月達がお世話になるのは二組の冒険案内につき添う事になる。
 一組目は観光客につき、観光スポットの案内をする冒険。
 二組目はとある料理の食材を手に入れて来る冒険だ。
 一組目はカップルが顧客になっていて、男性をかっこよく演出するというプランも含まれている。
 そのため、元、アイドルであるレイチェルが担当している冒険でもある。
 女性の方はアイドル志望だった事もあり、芸能人に憧れている。
 彼氏は元、アイドルのレイチェルを指名することにより、レイチェルと女性がデュエットで何か歌ってもらう事もプランの一部として含めているのだ。
 男勝りな性格のレイチェルにとってはアイドル時代は黒歴史そのものなのだが、彼女はこれをクエスト・ガイドの仕事と割り切って、アイドル時代のような振る舞いで対処していくつもりでいる。
 冒険場所としては危険度で言えば、最低ランクに属する所を回るところだが、男性客がかっこよくモンスターを倒す所を演出しなくてはならない。
 もちろん、危険には十分配慮しながら、女性客に気づかせないでやらなくてはならない。
 卯月にしてみれば、そんな客の相手はしたくないところだが、クエスト・ガイドオフィスとしては、例えどんな客だとしても対応していかないといけない。
 割の良い客もいれば、何で、こんな客の相手を?と思うような人間を相手しなくてはならないと思うような状況もあるのだ。
 贅沢は言っていられない。
 二組目は食材探しの冒険になるが、技能的に、その食材を探す冒険者達ではその食材は手に入らない事が予想出来た。
 危険な冒険に出る冒険者達は適正検査を受けて貰うらしく、その検査結果では入手不可能と出たらしい。
 必要な食材は三つあるが、その冒険者達のスキルではその食材でもあるモンスターは倒せないという事だ。
 食べると美味いが、その食材はモンスターそのものでもあるという事になる。
 適正検査以前では、食材の保存をサービスとして提供しようと計画していたが、その冒険者達では挑んでも殺されてしまうのがオチなので、如何に、自分達ではその食材が手に入らないかを理解してもらい、なおかつ、追加サービスとして、本人達の代わりにその食材を手に入れる事を提案するという事もプランの一部としてある。
 クエスト・ガイドとしての仕事は冒険者達に冒険の案内をする事を第一としている。
 簡単に言ってしまえば、道案内さえ終了すれば、クエスト・ガイドはそのまま帰っても良いのだ。
 料金さえ払ってくれれば、その後で、冒険者達が死のうがなんだろうが、全然、かまわないのだ。
 冒険者達は最初、もしくは危険地帯へ突入する前にクエスト・ガイドに報酬を払うので、冒険者の生死は関係ないと言っても良い。
 だが、睦月の会社では追加サービスとして、手柄は冒険者に渡し、冒険者の代わりにミッションをクリアするというサービスも行っている。
 そのサービスのお陰で、冒険者の死亡率も減り、その安定感から、リピーターや顧客となる冒険者達も増えるという好循環になっているのだ。
 会社としてはその分の報酬も得られるという良いことずくめとなっている。
 姉妹の中で場合によってはボスまで倒すことをサービスとしているのは睦月と如月の会社だけだった。
 卯月の会社では冒険者の技量が足りない場合は危険性も考えて、冒険プランの白紙撤回を進めるが、睦月の会社では冒険者の代わりに戦う事もあるのだ。
 それは、当然、クエスト・ガイドには冒険者以上の技量を必要とされる。
 【睦月グランドパーティー】のクエスト・ガイドはその技能を持ち合わせたエリートにしか勤まらないのだ。
 卯月は格の違いを思い知らされた気がした。
 それは【睦月グランドパーティー】のクエスト・ガイド達に対する劣等感だけではなく、一緒に来ている美海に対しても同様だった。
 彼女は卯月や無口な龍花の代わりにまるで、かゆいところに手が届くように的確な質問をして、その答えをしっかりとメモしていた。
 チラッと見ると綺麗にまとめられていた。
 書かれている字が綺麗というよりも、解りやすく、メモが取られていた感じだ。
 パッと見ただけでも大体解るような書き方だ。
 これを見れば卯月でも解りやすい感じがした。
 正直、美海一人が居れば十分だったとも言える。
 しょんぼりする卯月に対して、美海は告げる。
「卯月、解っているとは思うけど、ガイド見学では、私達は手を出せないのよ。後、邪魔になる様な行為も禁止。私達は目立たず、邪魔にならないように、彼女達のサービスを見学させてもらうの。顧客はガイド見学を了承することで割り引きをして貰っているので、基本的には私達を頼りにしてこない。もし、何か聞かれたとしても答えは慎重に答えなくてはならないの。うちの常識を押しつけてはダメなの。だから、こちらにご迷惑になるような答えはもちろんNGよ」
「えぇっ、そうなの?」
「当たり前でしょ。マナーよ、マナー」
「じゃ、何にも出来ないじゃない」
「何にも出来ないんじゃないの、勉強しに行くの」
「えぇ〜っ」
「クレイジーだわね、あなた、このまま行けば、こちらの営業妨害よ」
「うっ……」
 卯月はシュンとなった。
 そんな彼女の気持ちを余所に、和歌の説明は終わった。

051 一組目の案内

 打ち合わせも済んだので、必要機材を揃え、卯月達は和歌とレイチェルの冒険案内に同行させて貰うことになった。
 一組目は上野 忠志(うえの ただし)氏と窪塚 舞奈(くぼづか まいな)さんのカップルへの案内だ。
 上野氏の冒険者としてのスキルはほぼ0に等しかった。
 弱小モンスターでも苦戦する程の戦闘レベルしかない。
 そんな彼をある程度、様になるような形で戦闘サポートをしなくてはならない。
 窪塚さんには、戦闘スキルが高いと見栄を張っているからだ。
 上野氏の希望としては彼女に良いところを見せたいという所なのだ。
 窪塚さんの方は元、アイドルのレイチェルがクエスト・ガイドをしてくれるという事で興奮しているらしい。
 どこかで、レイチェルのライブがある事を伝えているが、この冒険は上野氏が提案した企画なので、窪塚さんとレイチェルのデュエットはサプライズ企画として彼女には伏せられている。
 この冒険のクライマックスで上野氏は窪塚さんにプロポーズをするらしいので、最高の演出をしなくてはならない。
 また、予算的に足りなかったので、この冒険をガイド見学にして割り引きサービスを利用している。
 上野氏としてはガイド見学の卯月達も自分のプロポーズを盛り上げてくれるギャラリー的存在ととらえているようだ。
 卯月達は出来るだけ、和歌達の邪魔にならない程度の距離を保ち、冒険について行く事になる。
 言葉より、先に手が出る、足が出るタイプの卯月にとっては辛い冒険でもある。
 何しろ、口も手も出せないのだから。
 だが、実際に冒険に出てみるとさすが、大手のクエスト・ガイドと言わざるを得なかった。
 卯月達のサポートなど、全く必要としなかった。
 卯月なら、戸惑ってしまうようなアクシデントの対応にも慣れたもので、上野氏の失敗を出来るだけ、窪塚さんの目に触れないように上手くサポートしていたし、ここぞという時(モンスターにトドメをさす時など)に上野さんの手柄の様に演出していった。
 元々、危険な冒険には疎いのか窪塚さんは、
「すっごーい、たーくん」
 と喜んでいた。
 【たーくん】とは当然、上野氏の事だろう。
 案内の方も上野氏には主に、和歌が、窪塚さんの方にはレイチェルが担当し、例えば、窪塚さんがもよおした時等はさりげなく、レイチェルがついていき、二人の安全を確保していた。
 これが、卯月一人での案内だった場合、窪塚さんの方について行けば、上野氏が上野氏の元に残れば、窪塚さんが野放しとなる。
 同姓の場合の冒険であれば、用を足す時は近くでという事も考えられるが、異性の場合はそうは行かない。
 どうしても、離れる時というのは出てきてしまう。
 それを美海の解説で、なるほどという感じに理解していった。
 だが、やはり、こういう複数のクエスト・ガイドをつけるというのは大手だから出来る芸当でもある。
 【卯月クエスト・ガイドオフィス】の様に小さい会社はどうしても、少人数で冒険案内に出るしかない。
 複数のクエスト・ガイドがつくのは仕事の効率が悪いからだ。
 それを補うためのアイディアというのも何か考えないと行けないなと卯月は思った。
 彼女は現実の問題として目の前に現れるまで、なかなか問題点はイメージ出来ないタイプだ。
 だからこそ、Xくんは卯月にも、このガイド見学に最優先で参加してもらいたかったのだ。
 自分の会社の状況と他社の状況を見比べて、何処が違うか、何処が問題かを認識し、それに対処するアイディアを考える力を身につける。
 それが、このガイド見学の一番重要な事だった。
 小さいクエスト・ガイドオフィスなどはなかなかその問題点を発見出来ずに、あまり意味のないものに終わりがちなガイド見学ではあるが、美海の解説がつけば話は別だ。
 彼女は冷静にその違いを見つけ出せるのだから。
 美海がついていればXくんは安心して送り出せる。
 それは解るのだが、何となく、自分ではなく、美海の方を頼りにしているXくんの事が面白くなかった。
 不満はあるものの、一組目の冒険はつつがなく進み、あれ?もう終わり?と言った感じで無事、終了した。
 途中の演出なども見事としか言いようがなかった。
 卯月としては何のトラブルも無いので拍子抜けと言った感じの冒険だったが、本来の冒険案内、特に、観光よりの案内とはあまり、トラブルは起きない。
 行く度に大問題が発生していたら、会社の信用問題にも繋がりかねないからだ。
 クエスト・ガイドオフィスとしては、冒険者や観光客に問題なく、冒険を終えてもらうのが何よりも一番なのだ。
 それは、無事帰って来られれば、リピーターとなってくれる可能性もあるからだ。
 その次に楽しんで帰って貰えれば言うことはないのだ。
 トラブルが多い、卯月の方が異端であると言って良いのだ。
 本当に危険と隣合わせの冒険は如月の会社の様なトップを走っているところが案内する冒険だ。
 卯月のような小さな会社は本来、トラブルの極めて少ない、冒険をしていく方が効率が良い。
 冒険の度に、クエスト・ガイドが怪我して帰って来たら、商売あがったりなのだ。
 そういう訳で無事終了して何よりという感じの雰囲気だったが、卯月は
「えー、もう終わり?」
 とちょっと不満顔だった。
「何言っているの。学ぶべき所はちゃんとあったし、無事に済んで万々歳じゃないの」
 と美海に言われた。
「それは、そうなんだけどね……」
「それより、次の冒険は、危険度が増すわよ。気を引き締めて見てきましょ。気を抜くと巻き添えを貰ってしまう可能性だってあるんだからね」
「そうだね、次は危険なモンスターとのバトルがあるんだからね。今から楽しみだよ」
「不謹慎よ、卯月。私達はあくまでも勉強しに来ているんだからね」
「はーい」
 美海の言う事ももっともだが、卯月としては危険なバトルを楽しみにしているので、ちょっとワクワクしていた。

052 二組目の案内

 続く、二組目の案内だが、今度は【チームメジャーロード】という冒険者チームの冒険案内について行く事になる。
 【チームメジャーロード】はメンバーに戦士3名、魔法使い4名、僧侶5名の合計12名で構成される。
 適正テストでは全員、今回の冒険に必要なレベルの基準値に達していない。
 完全に名前負けしている冒険者達だ。
 冒険の内容としてはEランクあたりにはなる。
 冒険の内容は一組目の上野氏の冒険を最低ランクのFとして、E、D、C、B、A、S、SS、SSS、Ωと10ランクに区分される。
 Eなので、下から二つ目ではあるが、それでも剣技一つ、満足にふるえない【チームメジャーロード】にとっては荷が重い冒険だ。
 彼らは、今までFランクの冒険をしていたが、それでは物足りないとして、次のEランクの冒険を選択したのだが、このランクになるとFランクの様な訳にはいかないのだ。
 Fランクの場合、よっぽどの事が無い限り、クエスト・ガイドがついているから骨折くらいはするかも知れないが、死亡する事はまず無い。
 だが、Eランクになると、殺傷能力の高いモンスターが出てくる冒険でもある。
 だから、クエスト・ガイドがついていても、目の届かない所に居た場合など、死亡するという事も十分に考えられる冒険のレベルになってくるのだ。
 冒険の参加者全員のスキルが高ければ、全く、大した事は無いのだが、足手まといになるようなスキルの低い者が参加する場合は危険度が跳ね上がるのだ。
 増して、今回は実力の足りない冒険者が12名もズルズルついてくるのだ。
 1人あたりの危険度は相当跳ね上がると言ってよい。
 パニックを起こし、場が混乱する恐れだってある。
 人数が多ければそれで安心という訳にはいかないのだ。
 そして、今回の冒険の目標である三つの食材はそれぞれ、リトルダークデーモンの尾、ポイズンバードの羽根、スピードトータスの甲羅であり、これらの食材のモンスターはEランクとしては危険な部類のモンスターにあたるのだ。
 どのモンスターも攻撃スピードがあり、パーティーが混乱していたら、一人一人を守りきるのは至難の業となってしまう。
 基本的にEランクの冒険からは冒険者に遺書と誓約書などを書いて貰う事になっている。
 死亡もあり得る冒険としては当然の事だ。
 だが、クエスト・ガイドオフィスとして、たかだか、Eランクで死亡者を出してしまったら、会社の沽券に関わる。
 その様な醜態はさらす訳には行かないのだ。
 和歌達にとっては、如何に、【チームメジャーロード】としては冒険の荷が重いかという事を理解してもらうという事。
 もう一つはどうしても食材が欲しいなら、クエスト・ガイドの手で確保するという許可を得る事だ。
 クエスト・ガイドであれば、Eランクのモンスターくらいであれば、よっぽどのヘッポコでない限り、やられるという事はまず無い。
 ここでやられるようなクエスト・ガイドはそもそも認定の試験は通らないからだ。
 試験の段階で、それよりも上のDランクモンスターと試験で戦ってそれぞれ勝って来ているのだから。
 要は、足手まといがたくさん居る状況下で、如何に冷静に対処できるかが問われる冒険だという事である。
 卯月としても同行する冒険者のレベルはある程度、あって当たり前と言う認識があった。
 彼女の試験の時のように、実力の足りない者は冒険に連れて行かないという事にしているからだ。
 それでも、時として、どうしても連れて行かなくてはいけないという事は十二分にあり得る事だ。
 その時、どう対処したら良いかという事を見ていく事が今回の冒険で見てくるべき事だ。

「腕がなるぜ」
「何匹倒したか競争しようぜ」
「俺が一番だって決まってるけどな」
「いいや、俺だね」
「レイチェルちゃん、一番だったら、俺とデートしてくれ」
 冒険者達は自分達のレベルが解っていないのか、かなり、強気だ。
 この自信満々の冒険者達に対して、如何にソフトに自分達の身の丈に合っていない冒険をしているかを悟らせるかが、最初の難関だ。
 みんな、クエスト・ガイドのアドバイスを無視して、好き勝手に動き回っている。
 統制が全く取れていない。
 素人の集団と言って良いだろう。
「うわぁ、みんな、バラバラだぁ〜」
 さすがの卯月も呆れる。
 見るからにスキルが足りないのが見て取れるからだ。
 良いとこ、素人に毛が生えた程度の実力しか持ち合わせていないのだろう。
 見ていると何も無いところで転んだりもしている。
 見るからに鈍くさい連中だというのが解る。
「卯月、解っていると思うけど、手を出しちゃダメよ」
「う、うん」
「龍花、一組目の冒険で、大体、クエスト・ガイドのリップサービスとかは解ったわよね。
今回は、そういうのは無いと思うから、卯月が暴走しそうなら、あなたが止めて」
「わかりました」
「ちょっと、美海さん、それ、どういう意味?」
「どういう意味も何も、あなたも一緒になってパニックにならないように前もって手を打っておこうと思っただけよ」
「パニックになんてならないよ。Eランクだもん」
「彼(Xくん)から、予測出来ないトラブルに陥るとあなたは暴走しがちだって聞いてるわよ」
「もう、心外だなぁ、後でXくんに文句言ってやる」
「あながち、的外れだとは思っていないわよ。クエスト・ガイドとしての気配りが貴女には欠けているところがあると思うわ」
「むっ」
「むくれないの。自分の非を認める事が進歩の最初の一歩よ。後はそれをどうすれば改善するかよ」
「うっ」
 反論できないので、思わず言葉が詰まった。
 卯月達がそのようなやりとりをしている間に、冒険は危険地帯に足を踏み入れた。
 危険度がアップするのは解っているので、卯月達は喋るのを止めた。
 が、
「ひゅーっ。良い〜眺めだな」
「ここから俺達が大活躍するぜ」
「待ってろよ、モンスターちゃん」
 冒険者達はしゃべり続ける。
 危険地帯に居るという認識が無いからだ。
 和歌達は注意しない。
 卯月だったら、
「近くに危険なモンスターが居るかも知れないから、少し黙ってて」
 くらいの事は言っているはずだ。
 卯月はうっかり注意しそうになったので、龍花に口をふさがれた。
「むぐぐ……」
「はぁ……、言わんこっちゃない」
 美海はため息をついた。
 口を出すなと言った矢先にこれだという感じだった。
 美海には和歌達の考えが読めていた。
 彼女達は冒険者達を囮として、使おうとしているのだ。
 彼女達は冒険者達を襲ってくるモンスターを如何に安全に排除するか、それだけに意識を集中している。
 こういう、自分が解っていない冒険者達には口でいくら注意しても解らない。
 それよりは、自分達の行動が如何に危険を運んでくるかを実際の体験として、味わってもらい、自分達の力量では無理だと自覚させることに意味があると判断しているのだ。
 身の程知らずには実際に恐怖体験してもらうのが、一番の薬になるという訳だ。
 案の定、冒険者達はモンスター達の急襲をくらった。
 突然の襲撃に、持っていた剣を落とすなど、モンスターとのバトルとしてはあり得ない醜態をさらした。
「ひ、ひいぃぃぃっ」
「まっ、まって……」
「ちょっとタンマ」
 冒険者達は命乞いをする。
 だが、実際の冒険での命乞いに意味など無い。
 当然、待った、タンマなどはない。
 言葉の通じないモンスターが相手ではそのまま殺されるのが末路となる。
 こういう状況は慣れているのか、和歌とレイチェルは冒険者達が怯えるような感じにギリギリまで、モンスターを引きつけてから、次々とモンスターを倒して行った。
 和歌達と冒険者達とのポテンシャルの違いは歴然だった。
 冒険者達が十分怯えきった所で、和歌は
「お客様、実はご提案があるのですが……」
 とにっこり笑って、冒険者の代わりにモンスターを倒すプランを説明した。
 恐怖に怯える冒険者達はただ、うんうん、頷くことしか出来なかった。
 卯月はこういうサービスの仕方もあるんだと感心した。
 かくして、この冒険もつつがなく、予定通り、進んだ。
 目的の食材も苦労する事なく、手に入れ、この冒険も見事な手際だと言える冒険案内となった。
 正直、格好いいなと卯月は思った。
 今の自分にはないクエスト・ガイドとしての魅力の一つをかいま見た気がした。

053 三つ目、行ってみる?

 二つの冒険案内のガイド見学を見て、ただただ、睦月の会社の凄さを認識した卯月だった。
 現に、美海でさえも
「大変勉強になりました。ありがとうございます」
 と和歌やレイチェルに頭を下げていた。
 これは、お世辞でも何でもない、本心だとも思った。
 【睦月グランドパーティー】に戻ってからも卯月の興奮は冷める事なく、睦月を褒めちぎった。
 それに気をよくしたのか睦月は、
「良かったら、三つ目、行ってみる?」
 と言ってきてくれた。
 が、美海は別件で、仕事の予定が入るため、参加する事が出来ない。
 卯月も当然、断るのかと思っていたが、
「良いの?やったぁ〜」
 と浮かれていた。
「ちょっと、卯月、私は次のガイド見学には参加出来ないわよ」
「あ、そうだね。大丈夫、美海さんの分も私、見てくるから」
「そうじゃなくて、私、参加出来ないのよ。フォローが出来ないの」
「大丈夫。いざとなったら、私が頑張るから。ね、龍花さん」
「え、……はい」
 同意を促されるも龍花は生返事で返した。
 というのもガイド見学で卯月が気づかないところで、さりげなく、美海が彼女のフォローをしていたところを間近で見ていたからだ。
 龍花には美海のように、卯月をフォローすることなんかできない。
「龍花、ダメなものはダメとはっきり言ってあげることも大事なのよ」
「う、あ、はい……」
「ちょっと、龍花さん、困っているじゃない?」
「【睦月グランドパーティー】のご迷惑にならない内に引き上げましょうと言っているの」
「む、なによ、それ」
「あなた、今回のガイド見学でいくつ、ミスしそうだったか解る?40以上よ。それだけ危なっかしいの」
「ミスしてないもん」
「私がフォローしてたのよ」
「そ、そんな事、頼んでないもん」
「……もう、いいわ。好きになさい。一回、痛い目を見て理解なさい、その代わり、龍花も連れて行かせる訳にはいかないわ。彼女に尻拭いさせる訳には行かないから」
「う、良いもーん。一人で行くから」
 卯月の子供の様な主張に美海は呆れた。
 今の卯月には会社を引っ張って行く資質は無いと思った。
 Xくんは何故、こんな子を気にかけるのだろうと疑問に思った。
 そのやりとりを見ていた、睦月は
「美海さん、妹のフォローありがとうね。そして、ごめんね、こんな駄目な妹で。次の冒険案内は私がついて行くわ。あなたの代わりにフォローもするわ。ただし、有料でね。その金額を見て自覚をしてもらうって事で良いかしら?」
 と言った。
 卯月は、
「む、それじゃ、まるで私がミスするみたいじゃない」
 と文句を言ったが睦月は無視した。
「お願いします。あなたの会社に入れば良かったかしら」
「あら、美海さん、あなたなら、うちはいつでも歓迎するわ。Xくんと一緒にどうかしら?」
「……考えておきます」
「ちょっと、なによそれ」
 睦月と美海の会話に焦り出す卯月。
 今まで、他社から卯月の会社に移ってきたクエスト・ガイドはいたが、その逆は居ない。
 まして、Xくんと美海という【卯月クエスト・ガイドオフィス】の二大エースに居なくなられでもしたら、卯月の会社は立ちゆかなくなってくるのは目に見えている。
 A級クエスト・ガイドオフィスからの脱落はもちろん、会社存続の危機さえあり得る話になってくる。
 元々は、一人で始めようと思って立ち上げた会社だが、社員が離れて行くというのは寂しい話だなとも思った。
 そんな卯月が発した言葉は、
「ごめん、美海さん。私が悪かったです。睦月姉、悪いけど三つ目、断ります」
 だった。
 だが、今度は美海が、
「いいえ、睦月さんさえ良ければの話だけど、参加させてもらって来なさい。この際だから、自分の欠点を数字で表してもらってきなさい」
 という答えだった。
 続く、睦月も、
「そうね、この際だから、あなたのダメな所、膿みを出してきましょう。あなたが変わらなかったら、社員も不安でやっていけないでしょ」
 と言った。
 こうして、卯月だけが三つ目のガイド見学をする事になった。
 三つ目の冒険は他の社員には任せられないとして、睦月だけが案内として参加する事になった。
 実は、これは、ある程度、予定通りの事だった。
 睦月はXくんに卯月を鍛え直してくれとお願いされていた。
 美海もこれを知っていたから、あえて、ガイド見学の後に仕事を入れていたのだ。
 言ってみれば、Xくん、睦月、美海によるドッキリ企画のようなものだったのだ。
 あらかじめ、美海は二つ目の冒険案内でお役ご免となるように計画されていたのだ。
 卯月のガイド見学はこの三つ目こそが本番という事になる。

054 姉妹水入らずの冒険

 ガイド見学とは言え、睦月と冒険をするのはこれが初めてとなる。
 今回のテーマは【競争】だ。
 クエスト・ガイドと一口に言っても、ただ、開拓冒険をして、その冒険内容を冒険者達に伝える案内をすれば良いという訳には行かない。
 会社である以上、他社との【競争】は避けて通れないからだ。
 他の会社よりも、よりよい、サービスを提供する事によって、限られたシェアを奪い合うという事はクエスト・ガイドオフィスに限ったことではない事だ。
 当然、規模の違いこそあれ、【卯月クエスト・ガイドオフィス】と【睦月グランドパーティー】もライバル関係になる。
 また、どうしてもこの先、無視できなくなるであろうと思われるのが闇クエスト・ガイドオフィスとのシェアの奪い合いだ。
 正規のクエスト・ガイドオフィス同士でのシェアの奪い合いも確かにあるが、それが闇クエスト・ガイドオフィスであれば、奪われた傷手は正規の時とは比較にならない。
 闇クエスト・ガイドオフィスの甘い汁に、そそのかされた冒険者達の質は確実に下がってくる。
 そうなると汚い裏金による汚職のはびこりはもちろん、冒険に出れる冒険者のレベルというのも極端に落ちる事になる。
 冒険者の醍醐味はやはり、危険度の高い冒険を制覇する事にある。
 甘い汁をすすることを覚え、闇クエスト・ガイドオフィスに流れた冒険者達が仮に正規の方に戻って来ても、冒険者としての資質は確実に落ちているのだ。
 その状態が増えてくると冒険産業事態の質そのものが下がるのだ。
 【卯月クエスト・ガイドオフィス】の様な中小企業ではあまり感じていないのだが、トップ企業である【睦月グランドパーティー】のような会社は闇クエスト・ガイドとの競争が日常としてあるのだ。
 そのため、オペレーターを配置するなどの人員増員やセーフティーネットなどの準備
も色々とやっているのだ。

 今回の冒険は闇クエスト・ガイドオフィスではないが、それに準ずる下部クエスト・ガイドオフィスとの競争になる。
 依頼内容としては睦月の会社には珍しい一人に対する冒険案内という事になる。
 案内することになる冒険者の名前は佐竹 紀嗣(さたけ のりつぐ)という男性冒険者だ。
 佐竹氏には付き合っている女性がいて、その女性には親が決めた婚約者が別に居るらしい。
 その婚約者の名前は辻岡 優(つじおか まさる)という。
 佐竹氏は女性を巡って辻岡氏と冒険での優劣を競うという事になったらしい。
 危険な冒険を制してきた方が彼女を射止めるというものだ。
 佐竹氏は【睦月グランドパーティー】に依頼し、辻岡氏は【バスターロッド】という闇クエスト・ガイドオフィスに寄り添っているグレーゾーンにいるクエスト・ガイドオフィスに依頼している。
 つまり、【睦月グランドパーティー】VS【バスターロッド】の戦いでもあるのだ。
 基本的には佐竹氏対辻岡氏の構図だが、相手が頼っているのは闇世界に片足を突っ込んでいるような会社である。
 どんな卑怯な手を使ってくるか解らない。
 そういう状況下で、如何に、佐竹氏に勝ってもらえる冒険案内をするかというのが今回の冒険でのキーとなる。
 ちなみに辻岡氏の冒険はボスモンスター、レッドスタンプの討伐だ。
 基本的には闇クエスト・ガイドオフィスの管理する地域を行くので、下手をするとボスモンスターにたどりつくまで素通りという場合も考えられる。
 レッドスタンプは飼い慣らせるようなモンスターではないので、戦う時は、辻岡氏が倒す事になるだろうが、【バスターロッド】は他に助っ人を用意しているかも知れない。
 が、レッドスタンプというモンスターは首筋に赤いスタンプを押したような痣があることからついた名前で、その正体については謎とされている。
 【バスターロッド】のサポート程度で、レッドスタンプをしとめられるとは思えないというのもある。
 恐らく、レッドスタンプは倒さず、レッドスタンプの身体の一部か何かを持ち帰り、レッドスタンプの所まではたどりついたが、惜しくも倒せなかったというような冒険の内容にするのではないかと思われる。
 恐らく、すでに手に入れていて、今回の冒険で手に入れたとでも言うつもりだろうか。
 闇クエスト・ガイド系のクエスト・ガイドオフィスは基本的に冒険者のスキルをアップするような行動は取らない。
 それよりも堕落させるような行動を取るので、危険な戦いは避けると見た方が良いだろう。
 自身の冒険よりもこちらの妨害に力を注ぐと見た方が良いかもしれない。
 対して、佐竹氏にしてもらう冒険は十種類のスターオブジェクトの収集をしてもらおうと思っている。
 睦月が案内するので、卯月はそれを収集する要所要所での撮影クルーとしてついていくという事になる。
 難易度としては本来のレッドスタンプ討伐よりも難易度は低いが、こちらは危険地帯での撮影などもするし、十種類のスターオブジェクトは加工することにより様々なアイテムに生まれ変わる。
 また、スターオブジェクト自体も綺麗な物体なので、そのまま、彼女に渡しても良いプレゼントにもなる。
 本当に行ったかどうかも怪しい、冒険結果だけ提示されるのとアイテムを手に入れるまでの過程をしっかりと撮影して、プロモーションしていくのとでは、彼女や彼女の両親へのアプローチとしてはどちらに分があるか火を見るよりも明らかだ。
 無難にこなして行けばさして問題とせず、睦月達の方が勝つだろう。
 卯月が足を引っ張らなければの話だが。

055 三組目の冒険案内準備

 三つ目の冒険案内は睦月自らが案内する冒険として、佐竹氏をサポートするスターオブジェクト収集。
 卯月はその佐竹氏と睦月の撮影という形で冒険について行く。
 それを確認したので、卯月は睦月と共に冒険の準備をした。
 その準備の段階で、睦月にミスを20カ所以上指摘された。
 卯月としてはクエスト・ガイドとしての装備を揃えたつもりだったが、彼女は今回撮影役となる。
 危険を回避するための装備も確かに必要だが、撮影に合わせた道具も視野に入れておかなくてはならない。
 その冒険で勤める役割によって、装備も変えなくてはならないのだ。
 冒険に行く前から色々と指摘されたので、萎縮し始める。
 それを見た睦月は
「そんなに萎縮しなくても良いわよ。あなたとも昔は色々あったけど、姉妹でしょ。仲良く行きましょ」
「う、うん」
「いつか、姉妹みんなで一緒に冒険とかしてみたいなとは思っているんだけど、みんな忙しいもんね」
「そうだね。……睦月姉とこんな話するの初めてかもね」
「そうね、他の人がいたら出来ないもんね。照れくさくて」
「うん」
 準備をしながらも姉妹の会話をする二人。
 Xくんを巡って、昔は姉妹同士、口汚く罵りあうような喧嘩もしたけど、根角としてXくんが一度、行方不明になってから、ちょっと関係が変わったのだ。
 姉妹同士が争っている場合じゃない。
 協力するべき時は協力するべきだとみんな意識しだしたのだ。
 特に強い変化を見せたのが三女、弥生だった。
 彼女は他の姉妹を常に気にかけるようになった。
 姉妹の中では一番優しい子かも知れない。
 睦月は如月とライバル関係にあるが、それでもお互い、相手の実力を認め合っている。
 卯月も水無月のために冒険者と勝負したり、皐月の会社と合同で、開拓冒険に行ったりしている。
 姉妹達は心の底の方では仲良くしたいと思っているのだ。
 ただ、それをなかなか、素直に言えないだけなのだ。
 姉妹はそれぞれ、6つのクエスト・ガイドオフィスの社長をしているから、同じ目標という訳には行かない。
 だが、姉妹のピンチには姉妹の誰かがサポートをする。
 そういう関係なのだ。
 睦月と卯月もまた、そういう間柄になっている。
 姉妹達の話から入り、次第に睦月と卯月自身の話もしていった。
 ダメ出しの多い、準備だったが、それでも、卯月はプライベートの事も姉と話せて嬉しかった。
 準備も整い、佐竹氏との挨拶もすませ、睦月と卯月の姉妹は、三つ目の冒険案内をするのだった。
 冒険前のミーティングでは佐竹氏の抱えている状況なども聞き、どうしても勝たなくてはならない冒険だという事も認識した。

056 三組目の冒険案内

 睦月と卯月、そして、案内を受ける佐竹氏の三人での冒険が始まった。
 今回は冒険者一人の案内なので、それ程、大冒険というものではない。
 期間としては10日前後を予定している。
 近距離の冒険である。
 目標とする場所は10カ所。
 一カ所毎に一種類のスターオブジェクトがある。
「佐竹様、今回のプランですが、青のスターオブジェクトから収集する事をお勧めします」
 との睦月の提案に佐竹氏は
「どうしてですか?僕はこの赤のルートから行こうと思っていましたが」
 と疑問を投げかけた。
 卯月も同意見だった。
 赤のスターオブジェクトから行くのが最短ルートで10種類のスターオブジェクトを収集するルートになるからだ。
 青のスターオブジェクトからだと、どうしてもダブって行動する部分があるので、効率が悪いと思った。
 睦月の提案の理由は簡単だった。
 赤のスターオブジェクトのルートを通ると、近くに、闇クエスト・ガイドの支配するエリアを通る事になる。
 競争相手が闇クエスト・ガイドのサポートを受けている以上、支配エリアから刺客となるモンスターを放つ可能性がある。
 遠回りでも、収集ルートを相手に読ませないルートの方が、邪魔されにくいのだ。
 この冒険の勝負はあくまでも、よりよい冒険結果を彼女と彼女の両親に示す事だ。
 【バスターロッド】と争っても何の得にもならないのだ。
 避けられるのであれば、避けて通り、より良い質の高い冒険結果の報告が大事だと言うことだ。
 妨害にいちいち対処していてはきりがないのだ。
 【バスターロッド】は辻岡氏から多額の資金を得ているというが、それでも、彼の冒険に出せる人員としてはそれほど、多くはないと推測している。
 ならば、敵のエリアになるべく近づかなければ、危険も少ないという意見だ。
 実績から考えて、冒険者としての技量は佐竹氏の方が数段上だ。
 辻岡氏としては如何に安全に冒険し、なおかつ、佐竹氏の妨害が出来るかどうかという事に重点を置くだろう。
 だとすると、わざわざ、そんな事に付き合ってやる必要はない。
 この冒険はスピード勝負ではない。
 早く冒険を済ませればそれで良いという訳ではないのだ。
 だから、最短ルートで行けば、七日前後で済む冒険を回り道をして十日前後に期間を延ばしたのだ。
 敵と真っ正面からぶつかれば、それは消耗戦となる。
 避けられるのであれば、避ける事を選択するのもクエスト・ガイドとして、上手くやって行く方法の一つであるのだ。
 それを聞いて、卯月は睦月との器の違いを認識した。
 卯月なら来るなら来い。
 私は何時だって真っ正面からぶつかってやるという所だろうが、それは同時に同行する冒険者を危険にさらすという事でもある。
 また、冒険者を納得させる説明も見事だ。
 伊達や酔狂で、トップ企業の社長をやっている訳ではないというのが解った。
 卯月と他の姉妹達はクエスト・ガイドの試験は同じ時期にしたが、睦月は自身がクエスト・ガイドになる前から会社を立ち上げている。
 それで、雇い入れたクエスト・ガイド達から色々とノウハウを聞いていたらしい。
 何も解らない状態からクエスト・ガイド業界のトップ企業にまで昇りつめるというのは並大抵の努力ではなしえないだろう。
 恐らく卯月の知らない苦労も多く経験しているのだろう。
 和歌やレイチェルもそうだが、トラブルに対する対処の仕方というのが、本当に見事だ。
 恐らく社内教育として、クエスト・ガイド達に徹底的にトラブル対策を教え込んでいるのだろう。
 睦月の話では起業当初は色々と問題も多かったという。
 社内での衝突も多く、辞めていったクエスト・ガイドも少なからず居たらしい。
 それでも、何とかまとめ上げ今の会社にまで成長させたのは睦月なのだ。
 後先考えず突っ走ってきた卯月とはくぐってきた修羅場の数が違うのはこの対処の仕方を見てもはっきりと見て取れた。
 冒険の方も佐竹氏へのサポートと卯月のミスへの指摘と睦月はテキパキとこなしていった。
 途中、それでも【バスターロッド】の嫌がらせや、刺客モンスターの解き放ち等の邪魔が入ったが、睦月は適切に対処していった。
 卯月は、
「待てぇ、このぉ」
 と言ったが、睦月は、
「相手にしなくて良いわ。向こうも本気じゃない」
 と相手の出方との微妙なバランスをとっていた。
 【バスターロッド】の嫌がらせに対して、まともに対応していたら少人数で冒険している睦月達は消耗するだけ。
 それよりは敵との距離を微妙に保ちつつ、のらりくらりと交わし続ければ、敵の出方も見えてくる。
 あえて、泳がせて、敵の次の策を探っているのだ。
 そういう高等技術が使えるようになっている。
 敵は、闇クエスト・ガイドオフィスにもなっていない中途半端な会社だ。
 言ってみればチンピラのようなものだ。
 こちらが右往左往していれば、向こうはつけあがるだけ。
 それよりは、意にも介してないような態度を取れば、向こうは段々イライラして来て、しっぽを出すと考えていた。
 それを証明するかのように、なかなか嫌がらせが成功しない事に辻岡氏と【バスターロッド】の間でもめているのか、相手の冒険が上手く行っていないのが、情報として入ってきた。
 辻岡氏がこちらの冒険に現れたのだ。
「どうだ、こっちはもうすぐ目的を達成するぞ。彼女を諦めるのなら、今の内だぞ」
 と言ってきたが、彼の言動から、【バスターロッド】との関係が上手く行っていないというのが見て取れたし、彼が、レッドスタンプを倒すという目的を果たすのはもはや不可能な状態であるというのが予想出来た。
 こちらはすでに順調に八つ目のスターオブジェクトを入手済みだし、勝負は殆ど決しているかに見えた。

057 ガイド見学終了

 だが、その一瞬の油断をついて、佐竹氏が持っていた、スターオブジェクトの入った袋を辻岡氏は奪い、遠くの崖まで投げ捨てた。
「な、何を?」
 突然の事に佐竹氏はもちろん、睦月も卯月も反応出来なかった。
 まさか、辻岡氏本人が何かをするとは思っていなかったからだ。
「へ、へへ、これで、振り出しに戻るだ。ざまぁみろ」
 辻岡氏は悪態をついた。
「こ、このぉ……」
 卯月が辻岡氏につかみかかろうとするが、睦月は、
「だ、だめよ、卯月、油断していたこちらも悪い。私のミスよ」
 と言った。
 だが、睦月は卯月のミスを指摘していて注意が削がれた時に狙われたのだ。
 自分が初歩的なミスをしていなければ、こんな失態は起こさなかったろう。
 これは卯月のミスでもある。
 美海の言葉を思い出す。
 ミスの膿みを出してきなさい。
 彼女はそう言った。
 だけど、最悪のタイミングでミスをする事になってしまった。
 冒険者を第一に考えなくてはならない睦月のミスであるとも言えるが、切っ掛けは卯月自身が作ってしまった事になる。
「まだ、諦めない」
 卯月は崖を降りだした。
 枝に引っ掛かっているスターオブジェクトの入った袋を回収しようと思ったからだ。
 この時、初めて、卯月の用意した【卯月クエスト・ガイドオフィス】の案内用のコスチュームが力を発揮する。
 このコスチュームには予算をかけたシステムが内在されている。
 思念を通して、形を変える、特別な形状記憶合金が縫い込まれているのだ。
 それを使って、ロープを作り、見事、袋を回収したのだ。
「バカ、もしもの事があったらどうするのよ」
 涙目になってどなる睦月。
 卯月の事が心配だったのだ。
「ゴメン。でも、ミスはカバー出来るよ、睦月姉」
 ウインクして見せる卯月。
「そ、そんな……」
 卯月が袋を回収したのを見て、辻岡氏はうなだれる。
 最後の奇策も通用しなかった辻岡氏はもはや、佐竹氏と冒険の勝負をする気力も無かった。
 結果、佐竹氏は無事、10種類のスターオブジェクトを収集。
 冒険は成功した。
 後日、彼女と婚約したという連絡が入った。
 色々、あったが、卯月にとって、【睦月グランドパーティー】でのガイド見学は大変勉強になった。
 卯月のミスは100以上はあった筈だが、睦月の方から
「数え忘れたから、10回分で良いわよ」
 と言ってくれたのだった。




登場キャラクター説明

001 九歴 卯月(くれき うづき)
九歴卯月
このお話の主人公。
幼馴染みの根角(ねずみ)の夢を引き継いでクエスト・ガイド(冒険案内人)を目指す女性。
6人姉妹の4女で他の5人は全て異母姉妹。
前向きなのは長所だが、注意力がいまいちたりず、おっちょこちょいでもある。
心情的な事に対してはかなり鈍い分類にはいる。


















002 江藤 根角(えとう ねずみ)=審査官=X(エックス)君
Xくん
卯月の幼馴染みの青年。
卯月達6人姉妹の目標の存在でもある。
十八の時に行方をくらましている。
姿を隠して、姉妹の試験の審査官となりX(エックス)君として卯月の会社に入る。




















006 九歴 弥生(くれき やよい)
九歴弥生
九歴6姉妹の三女で卯月の姉。
【弥生クエストカンパニー】の社長をしている。
世話好きでもあり、姉妹達を何気なくサポートしようとしていたりする。
会社の規模としては姉妹の中では、睦月の会社に次ぐ大所帯で、129名のクエスト・ガイドを社員にもつ。
Sランクを頂点として、続くAからCまでのランク付けをしている。















010 リタ・ウェーバー

【弥生クエストカンパニー】のCランククエスト・ガイド。
センスはあるのだが、好戦的なのが玉に瑕。
元、プロボクサー。
卯月との対戦後、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に入社する。


011 ブリット・ウェーバー

事務スタッフとして、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に入社した男性。
リタの従兄弟。
クエスト・ガイドの試験を優秀な成績でクリアするも、血を見ると失神するという致命的な欠点が見つかり、クエスト・ガイドの道から外れる。
リタの事が大好き。


012 スティーブ・ウェーバー

事務スタッフとして、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に入社した男性。
リタの従兄弟で、ブリットの五つ年上の兄。
元、冒険者だったが、不注意からの事故で肩を壊し、冒険者としての道を断念。
ブリットの事を溺愛している。
リタから恋されているので、三角関係の様になっている。


013 皆川 彰人(みながわ あきと)

事務スタッフとして、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に入社した少年。
が、正体はエンシェントドラゴンの魂を入れて蘇生させた死体。
月に一度、少年の両親に会いに行くという条件で、エンシェントドラゴンは彰人少年として、活動している。
本来、クエスト・ガイド志望だが、肉体が18才に育つまでは事務職という条件になっている。
見た目は子供でも幅広い知識を持つ。


014 桜咲 真尋(さくらざき まひろ)

事務スタッフとして、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に入社した女性。
天才肌ではあるものの人間関係が上手く行かず、研究所を転々としていたのをXくんにスカウトされてやってきた。
A級クエスト・ガイドオフィスになれば研究所を割り当てて貰えるという条件で、入ってきた。
研究者と事務スタッフの二足のわらじでやっていく。


015 九歴 皐月(くれき さつき)
九歴皐月
九歴6姉妹の五女で卯月の妹。
【皐月クエスト・コーポレーション】の社長をしている。
姉妹の中では戦闘能力は高く無いが、それを補うに十分な、アイテムの修理や改善作業を得意としている。
自分のミスをすぐに修正出来る強い面も持っている。

















024 九歴 水無月(くれき みなづき)
九歴水無月
九歴6姉妹の六女で卯月の妹。
【水無月クエスト事務所】の社長をしている。
芸能活動をしながら、クエスト・ガイドという職業を広めている。



















032 鈴里 加奈子(すずさと かなこ)

【水無月クエスト事務所】から、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に移ってきたクエスト・ガイド。
卯月の戦いに感動し、お姉様と呼ばせて下さいと言い寄ってきた。
元、冒険者で、【磁力操作】という特技を持っている。


033 宮崎 龍花(みやざき りゅうか)

【水無月クエスト事務所】から、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に出向してきたクエスト・ガイド。
口下手で、寡黙な性格。
【エアソルジャー】という特殊能力を持っている。
持ってきたコスチュームに空気を送って、人が着た様な状態を作り出すことが出来るという能力。


034 古暮 稲穂(こぐれ いなほ)

クエスト・ガイドの試験をトップ通過した新人。
自信過剰な所がある。
Xくんの勧めで、睦月の会社【睦月グランドパーティー】に入社する事になる。


035 白瀬 あさき(しらせ あさき)

クエスト・ガイドの試験を合格ラインギリギリのビリ通過をした新人。
実力は稲穂以上だが、自分に自信がなく、常に、稲穂より、低い成績でという癖がある。
Xくんの勧めで、睦月の会社【睦月グランドパーティー】に入社する事になる。


036 弓酒 美海(ゆみさか みうみ)

卯月の会社に最後に入ったクエスト・ガイドで、Xくんの弟子。
元、冒険家で美人であるため、何度も有名雑誌に載った女性。
Xくんを負かしたら、彼を婿として、向かい入れるつもりでいる。
何でも出来る完璧超人。


037 九歴 睦月(くれき むつき)
九歴睦月
九歴6姉妹の長女で卯月の姉。
【睦月グランドパーティー】の社長をしている。
姉妹の中では最大手の会社を経営している。
次女、如月に対してライバル心を持っていて、彼女の会社のクエスト・ガイド神9に対抗して、最高レベルのクエスト・ガイドを伝説11(レジェンド イレブン)として切り札に持つ。















038 音無 和歌(おとなし わか)


伝説11(レジェンド イレブン)の候補にも挙がった事がある【睦月グランドパーティー】のベテランクエスト・ガイド。
卯月達がガイド見学でお世話になる。


039 三村 レイチェル(みむら れいちぇる)

元ハーフアイドルのクエスト・ガイドで、見た目の可愛らしさとは裏腹にしっかりしている。
卯月達がガイド見学でお世話になる。


040 上野 忠志(うえの ただし)

【睦月グランドパーティー】の接客を受ける観光客。
冒険者スキルはほぼ0
窪塚さんにプロポーズをするために、【睦月グランドパーティー】のサービスを受ける。


041 窪塚 舞奈(くぼづか まいな)

上野氏の恋人で【睦月グランドパーティー】の接客を受ける観光客。
アイドル志望でレイチェルとの冒険を楽しみにしている。


042 佐竹 紀嗣(さたけ のりつぐ)

【睦月グランドパーティー】のサービスを受ける男性冒険者。
恋人とその両親に認めてもらうためにスターオブジェクトを狙う。


043 辻岡 優(つじおか まさる)

佐竹氏の恋人の婚約者。
グレーゾーンにある【バスターロッド】というクエスト・ガイドオフィスのサービスを受ける。